日々の生活は、自分の選択とその体験 2012年08月18日(土)
grp0818143746.gif 100×200 7K 私たちの人生体験は、意識的にも、無意識的にも、「自分の選択とその体験」です。
その選択は、いつもの自分の決めつけ、いつもの自分の思いこみ、いつもの自分の感じこみです。
多くの人の場合、この今、無意識に行われている自分の決めつけ、自分の思いこみ、自分の感じこみの「クセ」が、これからの、その人の体験になって行きます。

私は、私たちの「自分の選択とその体験」を「行(ぎょう)」と言います。
私たちの人生は、「それぞれの人々が、それぞれ、自由に選択した行」の体験です。

私たちは、それぞれに、こうして生まれてきて、「自分を含め、人々のお役に立つ体験を選択している」のです。それが、私たち一人ひとりの魂の喜びです。そこで、どこでも、いつでも、この今、無条件で、「自分を含め、人々のお役に立つという選択とその体験」から逃げないようにします。

そのためには、この今の体験をそのままに、「祝福し、感謝し、感動する体験」を選択するのです。それが、「自分を含めて、人々のお役に立つ体験」です。

一方、「自分を含め、人々を非難、批判、否定、疑い」、ナントカしょうとする「クセ」が、無意識に選択している「逃げ」、「いじめ」、「こだわり」の体験です。

自分の肉体のこり、痛み、様々な不調に対しても、同じことが言えます。それらは、自分が、自分を含め、人々のお役に立てるように、自分自身の心身を調整しようとする魂の営みです。魂は、この今、それら全部を「どんな感じかな・・・」と観じています。

私たちは、誰でもみんな「生命」を生きています。「生命」は「意識」です。私は、その働きを、「知恵と慈しみの活き活き、活き活きした働き」と表現します。ここで、活き活き、活き活きした働きと、活き活き、活き活きとくり返して言っているのは、この大宇宙のすべての存在とその働きは、「波動」・「リズム」なので、そのリズムを表現しているのです。当然、神も、生命も、心も、物質の原子、電子も、すべて波動、リズムです。

そして、世界中の人々の日々の生活に、最も役に立つ事実は、全宇宙の存在とその働きが、たった「一つ」の、同じ生命・同じ意識・同じ波動・同じリズムの、無限の働きを、みんなで生きていると知って生活することです。これが「理想をハッキリさせる生活」。

私たちは、「一つ」の無限の働きの中から、自分の波動、自分のリズムを自由に造り出して生活しているのです。そこで、この今、自分を含め、人々のお役に立つように、自分の波動、自分のリズムを、どのようにするか、選択し、その波動、リズムを、実際に体験するのが、日々の生活、日々の行です。これが「目的をハッキリさせている生活」です。

どうぞ、朝から晩まで、自分らしい祝福、感謝、感動の波動、リズムを肉体で感じるという選択をする「クセ」をつけ、そのクセを、ぜひ、毎日の自分の体験にしてください。


「どんな感じかな・・・」と観じる 2012年05月26日(土)
lia03.gif 184×200 12K 自分の 「この今の、このままを、このまんま」 に、 「どんな感じかな・・・」 と観じましょう。
これが、私のいつもの提案です。 「・・・」 は 「静けさ」 という 「カラッポ」 を表しています。

「感じている」 のは、私たちの肉体の感じですが、 「観じる」 のは、 「私たちの生命・意識・愛の活き活き、活き活きした働き」 です。その働きを制限するのは、私たちの心。自分のまったく自由な 「決めつけ、思いこみ、感じこみ」 という 「強い精神の力」 です。

私たちの感じを 「愛の活き活き、活き活きした働き」 に観じてもらうのが、 「カラッポ」 の体験。算盤で言えば、 「ごわさんで願いましては・・・」 と、盤上の珠を一気に払って、今までのことは全部おしまい。つづいて、上段の珠を挙げて 「何もすることはないこの今」 を愛に観じてもらう。こうして、 「静かなカラッポ・・・」 を体験します。

同時に、 「・・・」 は、 「さあ、次」 という、 「活き活き、活き活き」 した感じです。

このとき、 「自分が、愛の働きを体験する」 具体的な目的をハッキリさせますと、その目的の人、場、状態で働いている 「愛の活き活き、活き活きした働き」 が活性化します。

「生命・意識・愛の活き活き、活き活きした働き」 は、一瞬で働きます。そこで、目的をハッキリさせて、 「カラッポ」 を体験したら、全身で喜び、感謝し、感動します。

例えば、 「カラッポ」 の体験の前後に、 「世界中の人々の心身の健康のために、Aさんの心身を元気にする」 というように目的をハッキリさせますと、その 「心身の元気」 という目的を、Aさんばかりか世界中の人たちが、みんなでいっしょに体験します。過去のAさんの決めつけ、思いこみ、感じこみが選択していた、今の心身の具合が悪い体験が、この 「カラッポ」 の 「愛の活き活き、活き活きした働き」 で 「ごわさん」 になったのです。

存在そのものである大宇宙は、 「全体で、一つ」 の 「生命・意識・愛・知恵」 という 「連続した波動・リズムの活き活き、活き活きした働き」 です。

この 「今の連続した意識」 の中に、過去、現在、未来が全部存在し、活き活きと働いています。私たちは、その働きを体験したくて、こうして、この今、この地上で、 「時間と空間と忍耐」 の世界に肉体を持って生活しています。

私たち一人ひとりは、自分自身の、まったく自由な決めつけ、まったく自由な思いこみ、まったく自由な感じこみによって、これからの自分の体験を選択し、それを具体的に体験しています。この時間と空間の世界では、 「忍耐という活き活きした体験」 です。

もし、今の自分の体験が気に入らなければ、過去の選択を 「ごわさん」 にして、自分の新しい決めつけ、自分の新しい思いこみ、自分の新しい感じこみを選択し、その選択を実際の体験にするのが人生。

いいですか。今、不安、悲しみ、怖れ、喜びなどががあれば、それをそのまま、 「どんな感じかな・・・」 と観じて、 「ごわさん」 にします。すると、 「愛の活き活き、活き活きした働き」 が働いてくれますので、すぐに感謝します。それから、 「目的にしたがった行動」 をします。この一連の連続した波動・リズムの体験が 「活き活きした忍耐」 です。


のびのび体操 2012年01月25日(水)
hukuda_zenshin.gif 100×200 7K 私は、「世界中の人々の心身を健康にする」ために、朝起きた時から寝るまで、布団の中、立つとき、立っているとき、座っているとき、歩いているとき、食事中、トイレの中でも。始終、体操をしています。体操をして、自分の肉体がのびのびと動くのを、「どんな感じかな・・.」と観じるのは、とても楽しい人生体験です。

「愛」って、「どんな感じかな・・・」と観じている意識です。皆さんの健康によい体操を編みだして、多くの人々のお役に立つのは、私の生涯でもとてもうれしい体験です。

私は、治療と体操のプロですから、みなさんの肉体のこりやちょっとした心身の具合の悪さぐらいなら、私自身の肉体をセンサーにして、対応を感じ、自分が体操をして、みなさんを元気にしています。みなさんがどこにいても大丈夫、いつもお役に立っています。

この場合、重要な条件があります。私たちは、「自分の選択を自分の体験にする」という、なんともスバラシイ存在ですから、みなさん自身が、生活する目的をハッキリさせ、そのために、「自分は元気になる」、あるいは「自分が、心身の健康を体験する」という目的をハッキリさせておく必要があります。

自分が「元気になりたい」を目的にしていますと、これからもずっと、「なりたい」という体験をしてしまいますので、「のびのびした元気」が体験できません。

実は、みなさんも「世界中の人々の心身を健康にする」という目的をハッキリさせて、それを、実際の体験にしたいから、この今、地上で、肉体を持って生活しているのです。

そこで、まったく無条件。この今、自分のまわりの人々や、自分の周囲に展開している様々な出来事について、その善悪正邪にこだわらないし、今の自分の体験にもとらわれないで、今の自分の心身の感じを「どんな感じかな・・・」と、自分の心や肉体の動きを意識して生活していますと、自分の立ち居振る舞いの全部が、第一級の体操になります。

そこで、「どんな感じかな・・・」と観じる体操が、「愛そのものを体験している生活」です。これをやっていますと、自分のまわりの人々や物事の全部が、「可愛いいな」という感じがします。そして、この自分が感じている「可愛いいな」が「祝福」です。その上に立って、これから自分が体験したい目的にそった必要な対応、行動をします。

いいですか。今、困難な状況が発生していても、それに対して不安を感じていても、自分の肉体の感じは、「どんな感じかな・・・」。この自分の感じを観じているのが「愛」。

そして、自分がこれから体験したい目的をハッキリさせて、その目的を体験するための必要な対応をします。「愛」とともに、のびのび、のびのびと行動します。

今、発生している困難や、自分が感じている不安は、「愛そのもの」であるスバラシイ自分が、具体的に、「愛の活き活き、活き活きした働き」を体験するために、あらかじめしつらえておいたチャンスです。

いいですか。自分の心身を、のびのびを観じるポンプにさせて、自分を通して、宇宙中の「愛の活き活き、活き活きした働き」を活性化させるのが、のびのび体操です。


光の指圧 2011年10月09日(日)
lia06.gif 200×249 5K 私たちはみんなで、同じ「一つの生命」、同じ「一つの意識」、同じ「一つの活き活きとした知恵と慈しみの働き」を生きて生活しています。この「一つ」を一言で言いますと「波動」です。この波動は「知恵と慈しみの働き、あるいはエネルギー」です。それは、この「大宇宙のありとあらゆる存在」とし、この今、活き活きと働いています。

私たちは、その働きを活かして生活するのが楽しみで、この地上に肉体を持ち、こうして、様々な人生を体験しています。そこで、私たち一人ひとりの人生は、それぞれにいろいろなことが起きますが、そのときどきのその体験を、充分に祝福し、オモシロガッテ楽しめばよいのです。

もっとも、それぞれの人の、それぞれの体験は、私たち一人ひとりが、自分で、あらかじめ選択していたものです。あらかじめと言いましたが、波動の世界は、この今、同時に、宇宙中の「ここ」が振動していますので、過去。現在、未来はありません。正確には、私たちは、いつでも、「この今」の自分の選択を体験しているのです。この話は、いつでも、「この今」のすべてをすんなりと、「どんな感じかな・・・」と観じ、すべてを祝福していると体験されます。

この話は、考えてしまうと分かりにくいものです。考えは、「一つ」として展開している知恵と慈しみの活き活きした働きを、便宜上覆って、時間と空間と忍耐の体験としての物質世界の生活を、オモシロく体験するようにしてみせてくれている不思議な力です。

今日も、治療中に、お大師さんの話で盛り上がりました。生命、意識、知恵と慈しみの働きのエキスパートとして、日々に、私たちを導いていただいているお大師さんのお名前の「空海」は、「宇宙中で働いている活き活きした波動」が「空」で、「海」は「意識」を表しています。

ところで、私の得意技に「光の指圧」があります。今、ここに、自分として輝いている「光」って、「どんな感じかな・・・」と観じて、スゴイと感動する祝福の指圧です。これを習いに来る人たちは、「指圧」というコトバに惑わされて、どうしても、指に力が入ります。いいですか。確かに、指は使うのですが、指に力が入りますと、一つとして展開している知恵と慈しみの働きを制限してしまいます。

私たちが、不安や恐怖を感じたり、考えているときには、肩、肘、指に力が入り固くなります。一方、喜びに感動しているときは、本来の、「宇宙中に輝いている光」としてのスバラシイ自分を表現しようとして、肩や肘や指から力を抜き、この今の「輝いている自分」を、もっと感じようとします。これが、祝福を実際の体験にする「光の指圧」です。

宇宙中に輝いている光としての私たちは、いつも、空海大師とごいっしょ。
この人生は、お大師さんとともに歩みます。道中、困っている人として姿を見せるお大師さんや、私たちが困っている時に、いつでも、助けてくれる人としてのお大師さんにお会いして、助けたり、助けられたりを体験する祝福の遍路道。

「祝福」は、「大丈夫って、どんな感じかな・・・」と観じる体験。
また、「このままで大丈夫。これから、いい体験がいっぱい。うれしいね。」です。


スバラシイ存在 2011年06月20日(月)
lia05_clear.gif 186×200 11K 私たちは、誰でも、自分自身の総ての生活体験を、自分が選択しているスバラシイ存在です。
誰でもみんなが、自分の選択を自分の体験にして、一所懸命に生きています。
それぞれの人々が、それぞれに、自分の選択を、一所懸命に生きているのを見ていますと、私は、誰でもが、とてもカワイイと感じられます。

○怠けるのを選択する人たちは、一所懸命に、怠ける体験をします。
○自殺するのを選択する人たちは、それに一所懸命です。
○何かに打ち込む人たちは、自分が選択したものに命がけで打ち込みます。
○意地悪するのを選択している人たちは、無意識に、夢中で意地悪します。

世界中の人たち一人ひとりが、こうして「みんなで一つの活き活きした生命・意識」を一所懸命に生きています。
私たちは、みんなで、毎日、まったく無条件に、「このまんまの自分」という「生命・意識」の「活き活き、活き活きした愛の働き」を、自分の体験にしているスバラシイ存在です。

その自分が選択しているこの今の体験を、全身で喜ぶのが、積極的な人生体験です。
不思議なことに、多くの人々は、自分が喜ぶ選択をしないのです。

私たちは、自分で選択していたこの今を、
無条件で、喜んで受けとめ、今の体験を精一杯に楽しみ、
自分がこれから何を体験するかという目的をハッキリさせ、
それを怠りなく行動する生活をすれば、人生に満足します。

いいですか。
そのときどきを「どんな感じかな・・・」と観じ、その体験をしっかりと受けとめ、
ハッキリさせた自分の目的にそうように、そのときどきに必要な選択をして、
それを行動するのが、充ち足りた人生体験です。

あかちゃんのときは、あかちゃんを体験し、
こどものときには、こどもを体験し、
青春時代は、青春を体験し、
壮年を過ぎて、老年になったら老年を体験し、
やがて、肉体を離れるのが、私たちが選択している人生です。

私は77歳。
まさに老いを体験しています。
歯はなくなる、
耳は遠くなる、
目はかすむ、
匂いはかすかになる、
ふっくらしていた筋肉はしわしわ。

でも、それらをシッカリと受けとめて、この体験を、全身で喜び、皆さんに、「私たち人間は、みんなで一つの生命・意識の活き活き、活き活きした愛の働きを生きているスバラシイ存在である」ということを知っていただきたいという
目的をハッキリさせ
その目的を体験するために、若さと元気を選択し
自分が選択した若さと元気を具体的に体験しながら、
老いている肉体を精一杯に楽しむ生活をしています